メロンパン56
20歳学生のブログ。目指せ普通の日記。
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自省録7
少々前に、人間関係で悩んでいると後輩が言っていた。
その後、少々壮大な話に発展して自他の認識(感覚)の断絶の話をした。
自分と他人は違って、そして他人にはなれぬのだから相互理解というのは不可能なのだと、そういう話だ。
だからこそ登場人物たちが純粋に分かり合えるフィクションに憧れたりするのではないか、と後輩は言った(そしてだからマンガとかゲームが好きなのであって、自分は2次元萌えとかそういうのでないというのが彼の弁である。それはどうだろう)

青臭い話になりそうだなあと感じつつ、そうかなあ、と思う。
いやそりゃそうだと思うが、別にそれでいいじゃん。
今日はそんなことをつらつらと考えていた。

俺もここ最近失敗(主に人間関係で)が続いている。先日から反省というかいろいろ考えているが、なかなかまとまらない。

そもそも、失敗もしくはミスというのは何か。
それはやるべき事をしない、もしくはしてはいけない事をすることである。
それは大きく2つに大別できる。
分かっててやっちゃうものと、後から気づくものだ。

分かっててやっちゃうのは、まあそのままだ。やるべきだと分かっているのにやらない、やってはいけないと分かっているのにやっちゃう、とかそういうミスである。
テスト前だから勉強しなきゃいけないのに、漫画を読んじゃう。
我慢しなきゃいけないのに、ついキレてしまう。
その原因は欲求であり、感情であり、まあ義理やら都合やら場の勢いなどであるかも知れぬ。
これを防ぐ、ということばっかりは最早自制心が持つかどうかとそれだけの話でしかない。

後から気づくというのは、読んで字の如く。何かアクションを起こした後に、自分の想定したリアクションと現実の結果が異なるときに発生する。
人間関係という問題に関していうならば、まあなんだ、まさかそんな風に取られるとは思わんかったとかそういう場合のことである。時によりけりではあるが、ミスというよりも避け得ぬ事態といった方が適切な場合の方が多いかも知れぬ。
主な原因は想像力の欠如、もしくはその偏りである。要は相手がどう取るかを考えずにやってしまうミスであり、相手が自分と同じ様に感じている筈だという思い込みからやってしまう。
然るに(いや、実例はやめよう。気が滅入る。)

どちらも避けがたいものであろう。というか、どうにもならぬことだってある。だって人間だし。
相手次第、状況次第ということもある。酔ってたり、ヘコんでたりで自分をコントロールできないこともあろう。
だが。無くすことはできぬかもしれんが、だがその発生を極限することはできる。
確率的に起こることは避けられぬが、その原因を殺すことで起こる頻度を限界まで低減することは、きっとできる。努力することさえ忘れなければ。
なんの財産もなく名誉もなくとも別にそんなことは構わない。ただ、その努力を忘れたくはないなと思う。怠れば悪意なくとも他人を不快にし、人間関係をギスギスさせる人間になってしまうだろう。(というか今現在そうなのだろうきっと)

その努力とは自制することであり、穏やかを心がけることである。目を凝らし、耳を澄まして相手の心を考えることである。それは思いやりを忘れぬことで、自分とは違う他人と上手くやっていく唯一の手段だ。
要は、別に分かり合えんでも仲良くすることはできるだろうとそういう話だ(ああ、やっぱ青臭くなった)
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